【連載】ネコ太郎~猫から生まれた小さな英雄のお話~第1話

昔あるところに、お爺さんとお婆さんがいました。

二人には子供はいませんでしたが、その代わりにシロという名前の雌猫を大切に飼っていました。

白は大変賢い猫で、朝になってお爺さんが裏山に出かけようとすると、
「今日は、東の山に行ってください、そうすればきっと何かいいことがありますから」
というのでした。

そんな時、いつもお爺さんは珍しいキノコが取れたり大きな山芋を見つけたりするのでした。
川に洗濯に行こうとしているお婆さんにはこう言ったりします。

「今日は洗濯カゴをもう一つ余分に持っていってください」

お婆さんは何事だろうかと思いながらも、シロの言うことを聞いてカゴを余分に持って洗濯に出かけます。
すると川で洗濯を始めるとすぐに、川上から桃がたくさん流れてきました。

お婆さんは、それを拾ってカゴに入れると、お爺さんの待つ家に帰るのでした。
そんなわけで、貧しいながらもお爺さんとお婆さんは、幸せに暮らしていました。

 

春になると、シロのお腹が大きくなり始めました。お腹には赤ちゃんがいるのです。

お爺さんとお婆さんは、シロが安心して赤ちゃんを産めるように藁で産床を作ると、子猫が生まれるのを楽しみに待ちました。

「もう五日経つと、子猫が五匹生まれます、生まれて五ヶ月経ったら四匹の猫はお爺さんの知り合いに渡してあげてください。残った一匹はこの家に残します。その子猫はやがてお爺さんとお婆さんの大切な跡取りになるでしょう」
シロはそう言って一人で産どこに入りました。

シロの言った通り、五日目の朝に五匹の子猫が生まれました。子猫たちはシロのおっぱいを飲んで元気に育っていきました。

そして五ヶ月が経ち、茶色のトラ猫だけを残してあとの兄弟たちは貰われてゆきます、トラ猫は太郎という名前をつけてもらって、母親からさまざまなことを学んでゆきます、お爺さんについて芝刈りに行ったり、お婆さんと川へ洗濯にも行くようになりました。

猫だった太郎は次第に全身の毛が抜けてゆき、体つきも猫とは変わっていきます。

体の大きさは今までと同じなのですが、どこから見ても人間のように見えます、シッポも短くなって、いつの間にかなくなっていました。
ただ一つ、顔にはトラ猫だった時の茶色の縞模様が残っていました。

お婆さんは人間の子供のように、太郎に着物を作り着せます、お爺さんは嬉しそうに言いました。

「これからはただの太郎ではなく、『ネコ太郎』と名乗りなさい。お前は人間としてこの家の跡取りになるんだよ」

ネコ太郎は大きくうなづきました。
それからずいぶん月日が経ちましたが、ネコ太郎は人間のようには大きくはなりませんでした。
ですが、体付きは筋骨隆々で、小さな虎を思わせるような若者になったのです。

ネコ太郎の噂は隣の村にまで届くようになりました。そしてある日、隣村の村長一行がお爺さんとお婆さんの家にやってきます、

そしてネコ太郎に、たびたび村を襲う鬼の一団を退治して欲しいと頼むのでした。

村長はネコ太郎に一振りの刀を差し出すと言いました。

「ネコ太郎どの、どうか私たちの村を救ってください」

ネコ太郎は、お爺さんとお婆さんの顔を見ました、そして母猫であるシロの方を振り返ると、決心したようにうなづきました。

ネコ太郎は村長が差し出した刀を手に取り、鞘から抜きました。
刀は美しく光ってネコ太郎の顔を映します。すると刀にネコ太郎の顔の縞模様が焼きついて刀は猫の縞模様の入った刀に変わりました。

ネコ太郎が刀を振り下ろすと、刀からネコ太郎の縞が蛇のように飛び出して、閃光を放ちます。

この様子を村人達は固唾を飲んで見守りましたが、村長がネコ太郎に深く頭を下げると、周りの村人達も、頭を下げてネコ太郎に敬意を示します。

シロはお爺さんの耳元でそっとつぶやきました。

「ネコ太郎に鎧と兜を作ってもらってください。東国一の武将に相応しい姿にしてあげてください。そして鬼征伐に向かう時には一握りの麦と柿を一つ、それから猪の骨を持たせるようにお願いします」

お爺さんはシロの顔をじっと見つめました。シロという猫の生んだ不思議な子供が、何かとてつもなく大きなことを起こすように感じたのです。

村を襲う鬼達は、鬼ヶ島と呼ばれる沖合の島に暮らしているということがわかりました。

ネコ太郎は、鬼ヶ島にたった一人で乗り込んで鬼を退治することになります。

猫から産まれたこんな小さな若武者が、大きな鬼を退治などできるのでしょうか。

 


南部和也 獣医師・作家
1960年、東京の八丁堀で生まれる。北里大学獣医学部卒業。南房総で動物病院を開業する。五年後、病院を閉めて渡米、帰国して三鷹でキャットホスピタルを始める。五年後、病院を千駄ヶ谷に移す。2025年、二十五年間の営業を終了し船橋の古民家で新たにキャットホスピタルを始める。著書に「ネコのタクシー」シリーズ(福音館)「ネコのホームズ」シリーズ(理論社)「ルイの冒険」(講談社)絵・宇野亞喜良・田島征三などがある。